看板は単なる「目印」や「広告媒体」を超えて、日本の都市景観や文化を形づくってきました。本記事では、江戸期から現代のデジタルサイネージまで、日本における看板の進化をファクトチェックしながら時系列でまとめます。
目次
江戸期 ― 看板文化の萌芽
江戸時代には、木彫や漆塗の看板が盛んに作られました。店先には「軒看板」や「屋根看板」が掲げられ、夜には行灯看板や提灯が光源として利用されました。のれんも看板と同様に店の印として機能し、今日のブランドロゴに通じる役割を果たしています。
当時の看板はあまりに華美になりすぎ、1682年や1842年には幕府から取締令が出されるほどでした。また、商品の形をかたどった立体看板も登場し、商人たちの工夫と競争心が見られます。
近代 ― ホーロー看板の普及
明治期から昭和中期にかけて、日本全国で普及したのがホーロー看板です。1888〜89年ごろに登場し、耐久性と鮮やかな色彩で広く愛用されました。飲料や薬品、タバコなどの広告媒体として活躍し、戦後も長らく街角を彩りました。
しかし、1970年代半ばからはテレビや新聞広告の普及に押され、徐々に姿を消していきました。
大正末〜昭和 ― ネオンサインの時代
1926年(大正15年)、東京・日比谷に日本初のネオンサインが点灯しました。以降、繁華街の象徴として全国に広がり、夜の街を鮮やかに彩りました。
代表例が大阪・道頓堀の「グリコ看板」です。1935年の初代設置以来、都市のシンボルとして定着し、2014年には第6代目が登場。ネオンからLEDへ全面的に移行し、省エネルギー化と映像表現の高度化を実現しました。
平成期 ― LEDと内照式サインの発展
昭和後期から平成にかけては、蛍光灯を用いた内照式サインが普及しました。さらに、LED技術の進化によって看板は薄型化・長寿命化・省エネ化を達成。
特に、青色LEDの発明(2014年ノーベル物理学賞)により白色LEDが高効率で実用化され、看板業界に革新をもたらしました。
2000年代〜 ― デジタルサイネージの登場
2000年代に入ると、デジタルサイネージ(電子看板)が急速に普及しました。大型LEDディスプレイは、静止画だけでなく動画広告も自在に切り替えられ、時間帯・天候・在庫情報などに応じた動的広告配信が可能になりました。
現在では、JR東日本の駅構内に約3.4万面ものサイネージが設置され、鉄道や商業施設で広く導入されています。さらに、モバイルデータを用いた視認インプレッション測定によって、OOH(屋外広告)の効果を数値化する試みも進んでいます。
2020年代 ― 最先端の看板
近年、日本の看板はさらに進化を遂げています。
- 3DアナモルフィックLED
東京・新宿「クロス新宿ビジョン」に登場した3D猫は、立体的に見える映像表現で話題となり、渋谷などにも広がっています。 - 電子ペーパー(E-Ink)サイン
バス停や案内板に電子ペーパーを導入する取り組みも始まっており、常時点灯が不要なため消費電力を大幅に削減できます。岡山県ではすでに実証実験が行われています。 - プログラマティックDOOH
デジタルサイネージを広告在庫として横断的に管理し、オーディエンスデータに基づく自動出稿・最適化を可能にする仕組みが拡大中です。 - 次世代ディスプレイ
透明OLEDやマイクロLEDといった新技術の導入も進み、未来の街並みにさらなる革新をもたらそうとしています。
法的枠組み ― 屋外広告物法
看板の発展を支える背景には、法的規制の存在があります。日本では1949年制定の「屋外広告物法」が基本法で、目的は景観保護と安全確保です。
各都道府県や指定都市は条例を定め、サイズ・色彩・高さ・設置区域を細かく規制しています。特に京都市では、色彩やデザインに厳格な制限があり、景観と調和した看板づくりが求められています。
まとめ
日本の看板は、江戸期の木彫や行灯に始まり、明治のホーロー、昭和のネオン、平成のLEDを経て、現代のデジタル・3D・電子ペーパーへと進化してきました。
そこには常に技術革新と法的規制があり、看板は単なる広告の枠を超え、時代ごとの都市文化や人々の暮らしを映す存在であり続けています。
(広報担当)