熊本地震のデマは、AIが作り、AIが否定した

コラム

2026年7月28日午後4時27分に発生した令和8年熊本地震。マグニチュード7.1、最大震度7。Xの投稿数は3分後の午後4時30分ごろにピークを迎え、6万件を突破した。被害の実態が誰にも分からない数時間に、情報の需要だけが最大になる。デマが伸びるのは、いつもこの空白だ。2016年の熊本地震から10年。空白の埋め方が、はっきり変わっていた。


救助を求める声が、作られていた

10年前のデマは、無関係な写真の使い回しか、文字だけの作り話が中心だった。今回はそこに、生成AIで作られた偽の救助要請動画が加わった。

「イオンモール熊本が地震で爆発した」という投稿には、2024年の能登半島地震で撮影された別施設の映像が添えられていた。素材の流用と、ゼロからの生成。手口が両側に広がっている。

救助要請という形式を選ぶあたりが、いちばん悪質だと感じる。人の善意ほど速く広がるものはない。


否定する側も、同じくらい間違える

厄介なのは逆方向だった。

「コストコ熊本御船倉庫が被害を受けた」という投稿に対し、XのAI「Grok」は2016年の映像だと断定した。ところがこの施設の開業は2021年。2016年の映像であるはずがない。本物とみられる情報が、AIの手で偽物に仕立てられた形だ。

生成AIが根拠の薄い情報を断定口調で返すのは、事実を検索しているからではない。文脈上もっともらしい語を選んでいるだけだ。起きたばかりの出来事は学習データが薄い。情報が足りない場面ほど、AIは答えを作ってしまう。

デマを作る道具としてだけでなく、デマを打ち消す道具としても誤情報を増やす。「AIに聞けば分かる」が、いま最も危ない使い方になっている。


透かしは入り始めた。ただし人の目には見えない

対策も動いている。画像や動画には C2PA や SynthID といった、生成元の情報を埋め込む仕組みが広がってきた。文章についても、Anthropicが2026年8月11日、Claudeが生成した文章に人の目では見えない透かしを埋め込む方針を発表した。2026年8月2日以降に提供する新モデルはリリース時から対応し、それ以前のモデルも順次広げる。適用は全世界で、Claude CodeやAPI経由の出力も対象になる。

背景にあるのはEUのAI法だ。生成AIの出力に機械が読み取れる印を付ける義務が2026年8月2日から適用され、すでに市場にあるシステムには同年12月2日までの猶予が置かれている。

一方で、ChatGPTの文章に同じ透かしが入っているという発表は、2026年8月時点で見当たらない。

そして最大の限界がここだ。透かしは判定ツールにかけて初めて見える。 タイムラインを流し見している人の目には何も映らない。文章の透かしは統計的な偏りとして埋め込まれるため、大きく書き換えれば消える。逆に、人が書いた文章を翻訳や校正に通しただけでも検出されうる。分かるのは「AIが処理した」までだ。


見分けがつかない前提で、投稿する側の話

7月31日には、ByteDanceのSeedance 2.5とMiniMaxのH3が同じ日に公開された。前者は一度に30秒の動画を生成し、後者は音声付きの映像を誰でも手元で動かせるオープンウェイトとして配った。尺が伸び、値段が下がり、実写との差は素人目にはもう埋まっている。

技術で見抜く努力は続く。それでも災害の数時間は、ツールが追いつく前に過ぎてしまう。最後に効くのは、投稿する側のブレーキだと思う。

冗談のつもり、注目されたかっただけ——動機がどうであれ、偽の救助映像が一本混じるだけで、本当に助けを求めている声が届きにくくなる。作れてしまう時代だからこそ、作らない判断のほうに価値が出てきた。

真偽の分からない情報を、ひとまず疑う。その構えは利用者の側に着実に広がってきた。受け取る側は変わりつつある。あとは、出す側の番だ。

(広報担当)

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